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蔵書・資料類

収集家が残した蔵書・資料類です。

1.相原良一文庫
【旧蔵者】相原良ー(1907~1984)
【解説】相原良ーは横浜市出身。横浜市立大学教授、横浜市立大学名誉教授。日欧交渉史を専攻し、数次にわたり欧州諸国において研究資料の調査・収集にあたった。著書に『天保八年米船モリソン号渡来の研究』(1954)、『日欧交渉史考-マルコポーロから平戸商館まで』(1986)などがある。相原氏の没後、旧蔵書をー括して購入した。1987年創設。ほぼすべて中世末から近世の日欧交渉史の文献で、相原氏が実際に研究に使った手沢本が多い。大航海時代 の航海記や東インド会社の記録など、ポルトガル語・オランダ語・英語などの文献約520冊が揃っている。
【総数】約750点
【閲覧】原資料
【複写】一般洋書に準じる。
【検索】洋図書についてはデジタルアーカイブで検索。和図書については閲覧室のカード目録(著者名・書名 分類なし)
【備考】伊藤久子「洋書あれこれ」 (『ひろば』57)

2.岩生成ー文庫
【旧蔵者】岩生成一(1900~1988)
【解説】岩生成一は東京都出身。東京帝国大学国史学科を卒業後、東京大学史料編纂所で海外交渉史を担当する。1929-1947年に台北帝国大学で教鞭をとり、その間インドネシアや欧米諸国に留学。1948年東京大学教授。海外史料採訪による実証的研究で知られる。著書に『南洋日本町の研究』『朱印船貿易史の研究』など。岩生氏の没後、旧蔵書のうち和図書は当館が購入、洋書は東京大学史料編纂所に収蔵された。1989年創設。おもに近世の海外交渉史に関する和図書。史料集・叢書・目録類が中心で、大航海時代叢書、イギリス商館長日記、オランダ商館長日記などの基本的な文献が揃っている。和図書約800点、洋書約10点(おもに目録類)、中国語図書約50点、ほかに逐次刊行物約130点など。
【総数】約1,000点
【閲覧】原資料
【複写】和図書、一般洋書に準じる。
【検索】洋図書10点はデジタルアーカイブで検索。和図書・中国語図書・逐次刊行物などは閲覧室のカード目録(著者名・書名)

3.稲生典太郎文庫
【旧蔵者】稲生典太郎(1915~2003)
【概要】稲生典太郎文庫は、アジア考古学近代日本外交史の研究者である稲生典太郎氏がその半生をかけて収集した近代日本外交史文献のコレクションである。その中心は、幕末の和親条約・通商条約から条約改正にいたるまでの条約改正関係の文献、昭和戦前期までを中心とする外交・政治に関わる文献であるが、当時の社会・風俗・思想・文化を伝える様々な資料、暦、双六、ポンチ 絵、番付、地図など多岐にわたる資料が含まれている。
 稲生典太郎文庫の特徴は、明治年間を通じて国家的課題であった、不平等条約改正・内地雑居関係資料の一大コレクションという点である。稲生典太郎氏は明治時代の文献を逍遥される中で、「条約改正・内地雑居問題こそ、明治時代の社会史・思想史・政治史・外交史ないしは経済史の結節点であろうと探り当てて、民間出版物を中心とする関係資料に注目」(稲生著『条約改正論の歴史的展開』序文)し、文献を収集した。また、条約改正に携わった人々に関わる文献も集められ、その代表なものが陸奥宗光の『蹇蹇録』である。稲生文庫には12種類13冊の『蹇蹇録』がおさめられている。このほか、久世通章関係文書、島田滋文関係文書、小牧昌業関係文書など、いくつかの個人文書もふくまれる。
 稲生文庫の大半は日本語文献であるが、欧文および中国語の文献も含まれる。また本文庫には、明治・大正期に出された東アジア地域の地図を中心に、日本と世界の地図約300点もおさめる。
【総数】約10,000点
【年代】1830年代~1980年代
【閲覧】原資料
【複写】和図書、一般洋書に準じる。文書は別途撮影申請が必要。
【検索】稲生文庫のうち、和図書・文書類・地図7133件については、当館編・刊『稲生典太郎文庫目録 第1集 -和図書・史料・地図』(2006年)。

4.岡コレクション
【旧蔵者】岡信孝
【解説】岡家は、旧橘樹郡高津村(現在の川崎市高津区)で江戸時代から昭和にいたるまで代々医院を開業していた旧家であり、村長や郡会議員などの公職をつとめた人物をだしている。このコレクションは、八代当主岡道孝氏が収集した資料で、文書・図書・新聞・雑誌・浮世絵・絵葉書・ポスター・地図といったものから、看板・電話機・ランプなど明治・大正期の生活の様子を伝えるものが含まれている。
【総数】約1,900点
【年代】1848(嘉永元)年~1995(平成7)年
【閲覧】原資料
【複写】各資料区分の複写利用の原則に準じる。
【検索】当館編・刊『横浜開港資料館所蔵 岡コレクション図録』(1995年)

5.五味亀太郎文庫
【旧蔵者】五味亀太郎(2代、1891~1965)
【解説】五味亀太郎は横浜生まれ。初代亀太郎から質店を引継ぎ、第二次世界大戦前まで、中区富士見町に相模屋を営んだ。家業の傍ら、関東大震災後から、横浜の開港史料を中心とした郷土資料の収集を始め、家蔵史料目録を作成し、各種史料展覧会へ出陳した。横浜の開港風俗資料を中心に、幕末から関東大震災前までの横浜郷土資料である。横浜案内本、地誌や伝記、歴史書、絵図・地図、人名録、英文物、読売、番付、双六、講談本、句集、新聞・雑誌、官公庁出版物などのほか、もと「太田之草鞋」と外題のある貼込帖に綴られた諸商店会社のチラシ等一枚物史料がある。行政資料、和図書、絵地図の項も参照されたい。
【経緯】第二次大戦後、横浜市が市史編纂資料として五味氏から一括購入したもので、当館の開館時に旧横浜市史編集室から移管、引き継いだ。
【総数】約860点
【閲覧】原資料、一部複製(地図、絵図、「太田之草鞋」など)。
【複写】原資料は自写対応。
【検索】当館編・刊『横浜開港資料館所蔵 五味亀太郎文庫目録』(1995年)。なお同目録編集時に、五味の長男である五味稔雄氏から、地口文献24点、私文書46点、史料63点の寄贈を受けた。いずれも、五味が最期まで手許に残した資料であり、五味文庫の参考資料として同目録に収録した。

6.豊田博士記念文庫
【所蔵者】日本英学史学会の蔵書。同会の初代会長豊田実博士を記念して名付けられた文庫で、1984年から当館に寄託されている。
【解説】会員からの寄贈本、会の購入本から成る。英学史関係の和図書が主で、洋書は約100点。同会の『研究報告』『英学史研究』を始めとして紀要などの逐次刊行物も多い。
【総数】約2,300点
【閲覧】原資料
【複写】和図書、一般洋書、雑誌に準じる。
【検索】洋図書はデジタルアーカイブで検索。和図書は閲覧室のカード目録。逐次刊行物は『横浜開港資料館所蔵 新聞・雑誌目録』(1991年)。

7.ドン・ブラウン・コレクション
【旧蔵者】ドン・ブラウン(Donald Beckman Brown 1905-1980)
【解説】ドン・ブラウンは、アメリカのオハイオ州に生まれ、1930年に初来日した。当時極東で著名であった英字日刊紙『ジャパン・アドヴァタイザー』(The Japan Advertiser)の記者となり、1940年10月、同紙が『ジャパン・タイムズ』(The Japan Times)に吸収合併させられると、辞職し、帰国した。
 アジア・太平洋戦争中は戦時情報局(OWI)に属し、対日心理作戦にたずさわった。戦後すぐの1945年12月、GHQの民間情報教育局(CIE)情報課スタッフとして再来日し、翌1946年に情報課長に任命され、1952年の占領終結までその職にあった。その間、出版や放送をはじめとする日本のさまざまな情報媒体の「民主化」政策に関わった。
 また、明治初期に横浜で居留外国人によって創設された民間の日本研究団体である日本アジア協会の戦後復興活動にも関わり、1950年から亡くなる1980年まで、同会紀要(Transactions of the Asiatic Society of Japan)の実質的な編集長でありつづけた。1964年に実施された同会紀要(明治期刊行の第1期)の復刻出版(雄松堂)時には中心的役割を果たした。この第1期紀要に、アーネスト・サトウやB・H・チェンバレン、W・G・アストンら、多数の著名な日本研究者が論文を寄せており、日本研究に欠かせない文献となっている。1980年、名古屋で死去した。
 同コレクションは、このようなブラウンの半世紀におよぶ日本との長く密接な関わりの中で形成されたものである。書籍8,069タイトルは、日本十進分類法(NDC)に則って分類し、著者・書名順に排列している。人文科学のあらゆる分野にわたっているが、なかでも英文の日本研究書、日本文学翻訳書が多い。稀覯本といえるものは少ないが、明治期から戦後にかけて日本で刊行された多種多様な書籍や、戦前・戦中のアメリカにおいて出版された日本関係図書がよく集められているのが特徴といえる。この他、戦前の年鑑類もよくそろっており、『中華年鑑=The China Year Book』、『英文日満年鑑=The Manchoukuo Year Book』、『英文日本年鑑=Japan Year Book』などがある。またGHQ時代の電話帳も10数冊のこっており、ブラウン本人のメモ書きがあることから、当時、実際に使用し手元にのこったものであることがわかる。
 新聞・雑誌約800タイトルは、その多数が日本で発行されたものである。幕末から明治期にかけて横浜や神戸の居留地で発行された新聞が多数そろっており、貴重な新聞コレクションである。1861年に居留地で創刊された横浜初の近代的新聞『ジャパン・ヘラルド(The Japan Herald)』の1862年から1865年にかけての号が比較的よくそろっている。『ジャパン・コマーシャル・ニューズ(The Japan Commercial News)』1864年3月16日号、および『デイリー・ジャパン・ヘラルド(The Daily Japan Herald)』1864年11月18日、24日号の存在も特記しておきたい。このほか、1870年創刊の『ジャパン・ウィークリー・メイル(The Japan Weekly Mail)』や、神戸居留地で発刊された『コーベ・クロニクル(Kobe Chronicle)』もよくそろっている。いずれも幕末・明治期研究に欠かせない史料である。
 雑誌については、時代的にも内容的にもかなり幅があるが、明治期に刊行された英語学あるいは英文学の雑誌が多い。たとえば『日本英学新誌』・『英語世界』・『実用英語』・『英語界』・『英語青年』・『英学新報』・『英文新誌』・『中外英字新聞』などである。また日本アジア協会の活動に関わった関係からか、日本アジア協会の紀要原誌は第1期からよくそろっている。各国のアジア協会紀要なども収集しており、ロンドンアジア協会の1878年の議事録、上海支部の1889年から1890年までのジャーナル、朝鮮支部の1900年から1903年までの紀要などがあげられる。横浜居留地で発行された英文風刺雑誌である『ジャパン・パンチ(The Japan Punch)』はかなりの号数がそろっており、当館蔵のブルーム・コレクション分とあわせると大部分の号数がそろうことになる。
 文書は、ブラウンの青年期から晩年までのさまざまな文書が残されている。とくに民間情報教育局情課長としてのGHQ時代の文書が大部分を占め、かつ重要性もたかい。戦前期の日本でジャーナリストとして活躍した時期の新聞 記事スクラップ・ブックや、帰国後の戦時情報局時代に作成にたずさわった対日心理作戦のビラやその関係文書などもある。
【経緯】ブラウン死亡の翌年の1981年に、ブラウンの戦前からの友人で遺産管財人となったトマス・L・ブレイクモア(Thomas L. Blakemore1915~1994)を通じて、残された資料類を一括購入。
【総数】文書約1,300点、書籍8,069タイトル、新聞・雑誌約800タイトル
【閲覧】原資料あるいは複製(書籍および新聞・雑誌のみ公開)、文書は原資料、B16は一部複製本(文書157)
【複写】一般洋書、新聞・雑誌に準じる。
【検索】書籍は『横浜開港資料館所蔵ドン・ブラウン・コレクション書籍目録』(2004年)、新聞・雑誌は『横浜開港資料館所蔵 新聞・雑誌目録(平成2年12月末現在)』(1991年)。文書は「ドン・ブラウン文書目録」。
【備考】中武香奈美「ドン・ブラウンとE・H・ノーマン―ドン・ブラウン書簡(控)から―」(『紀要』19)、中武香奈美「横浜開港資料館所蔵「ドン・ブラウン・コレクション」―その概要と整理状況」(『Intelligence 第2号』、2003年)、「企画展 ある知日家アメリカ人と昭和の日本―ドン・ブラウン文庫1万点の世界」(『開港のひろば』83)

8.ブルーム・コレクション
【旧蔵者】ポール・C・ブルームPaul.C.Blum(1898-1981)。横浜山手居留地の生まれ。少年時代を横浜で過ごした後、フランス・アメリカなどで教育を受けた。エール大学卒。第二次大戦中アメリカの戦略事務局(OSS)に入り、スイスで対独情報作戦や日本の終戦工作に従事。戦後は米大使館のアタッシェの肩書きで来日した。1958年以降は民間人として東京に在住。日本関係洋書や浮世絵の蒐集家としてもつとに知られていた。1978年、帰国に際して、当時設立準備中だった横浜開港資料館の趣旨に賛同して愛蔵のコレクションを譲渡・寄贈。帰国後および没後も遺言によって追加の寄贈があった。
【解説】1981年創設。コレクションの中心は16世紀以来欧米人が著した日本関係の洋書約5,200冊。そのほかに洋学関係や横浜関係の和書約700冊、横浜浮世絵・瓦版・欧州版古地図など約500点が含まれる。そのほか日本学者B.H.チェンバレン関係資料(書簡類・校正刷りなど)もある。
 日本関係洋書は、イエズス会宣教師報告書を始めとして江戸時代のオランダ商館関係者の見聞記、幕末から明治大正時代にかけての欧米人の旅行記・見聞記・滞在記、欧米人による日本研究書・辞書・語学書・旅行案内書など。ジョルジュ・ビゴーの作品、『日本アジア協会紀要』などの逐次刊行物も揃っている。言語的には英語が4,000点、フランス語800点のほかドイツ・オランダ・ポルトガル・イタリア・ラテン・スペイン・スウェーデン語など多岐にわたる。稀観本が揃った粒よりのコレクションであり、日本関係洋書のコレクションとしては国内屈指のものといえよう。
 地図は、幕末明治期の横浜や開港場の絵地図などのほか、クリペ作成の実測図「横浜絵図面」(1865)、ホーズ編「横浜周辺外国人遊歩区域図」(1867)、ブラントン編「日本地図」(1876)など貴重な地図がある。これとは別に、日本・アジアの欧州版古地図135点はブルーム氏が最後に情熱を傾けて収集していたもので、当館への最後の寄贈品となった。
 日本関係洋書や欧州版古地図が「外国人の見た日本」をテーマとしたものとすれば、和図書や浮世絵などは、それとは逆に「日本人の見た外国」への興味を反映したものといえる。和図書には『珍事五ヶ国横浜はなし』といった横浜ものや、『飛良賀奈英米通語』や岸田吟香撰『異人言葉』などの語学書がある。浮世絵は五雲亭貞秀だけにしぼって収集した良質のコレクションであり、ほかに貞秀の作品として「御開港横浜之全図」や『横浜開港見聞誌』(B.H.チェンバレン旧蔵)などもある。
【総数】6,400点
【年代】16世紀から1970年代
【閲覧】
(1)図書は原資料(複製本を作成したものは原則として複製本)。
(2)欧州版日本古地図は原則として複製本「ブルーム・コレクション洋地図」(開架)。
(3)横浜浮世絵・瓦版・地図については「V 画像資料」の項を参照。
(4)チェンバレン関係資料は原則として複製本。
【複写】一般洋書に準じる。複製本は電子式複写が可能。
【検索】
(1)図書については当館編・刊『ブルーム・コレクション書籍目録』全4巻(1982~1987年)、言語別、著者標目による目録で、第4巻に書名索引あり。なお、「和漢書籍」Books in Japanese and Chinese以外は、当館HP上のデジタルアーカイブで検索可。
(2)欧州版日本古地図については、「ブルーム・コレクション洋地図目録」。(『横浜開港資料館資料総覧』p207参照)
(3)横浜浮世絵・瓦版・地図については「V 画像資料」の項を参照。
(4)チェンバレン関係資料は、「Iー5海外資料(63)ブルーム・コレクションB.H.チェンバレン関係資料」(『横浜開港資料館資料総覧』p110)を参照。」、
【備考】『ブルーム・コレクション書籍目録』第1巻所収の解説およびドナルド・キーン、ジョージ・ケア、徳岡孝夫、成松孝安の4氏によるブルーム氏追想記。当館「ブルーム・コレクション-西洋人のみた日本」展情報ファイル(1982年)。伊藤久子「ブルーム・コレクション」(横浜市中央図書館編『横浜の本と文化』、1994年)。英文の伝記Robert S. Greene,Blum-san!:Scholar,Soldier,Gentleman,Spy:The Many Lives of Paul Blum (1998年刊)、およびその紹介である伊藤久子「ポール・ブルームのいくつもの人生」(『ひろば』63)。

9.石井光太郎文庫
【寄贈者】石井タマ
【解説】石井光太郎(1918~1999年)は、横浜市堀内町(現横浜市南区堀ノ内町)に生まれ、戦後横浜市役所職員として『横浜市史』に長く従事し、数多くの文化財調査や資料保存活動に尽力した人物である。公務のかたわら私財を投じて収集した8,600点を超える資料は、2006年、当館に寄贈され、展示等に活用されている。資料は、文書・書籍・地図・絵葉書・ポスターなどに分類されるが、内容は、江戸時代の地方文書から和歌や俳句に関する資料、開港百年祭関係資料など多岐にわたる。
【総数】約8,600点
【年代】江戸時代~昭和期
【閲覧】原資料
【検索】横浜開港資料館編『横浜開港資料館所蔵 石井光太郎文庫目録 第1集 和装本之部』(2008年)・「石井光太郎文庫仮目録」
【備考】西川武臣「石井光太郎文庫(仮称)について」(『横浜開港資料館紀要』第21号)・相澤雅雄・横浜開港資料館編『石井光太郎著作目録』(2006年)

10.萩原延壽文庫
【寄贈者】萩原家
【解説】『馬場辰猪』や『陸奥宗光』、『東郷茂徳』、『遠い崖-アーネスト・サトウ日記抄』を著した歴史家、萩原延壽(1926~2001)が残した洋書群である。主に、イギリスを中心とする歴史や政治史、思想史、日本近代史などに関する欧米で出版された研究書と、伝記や書簡集といった資料集が収められている。
【総数】839冊
【年代】19世紀~20世紀
【閲覧】原資料
【検索】萩原延壽文庫 洋書目録
【備考】中武香奈美「「萩原文庫」(洋書)の一般公開にあたって」(当館編『開港のひろば』第111号、2011年2月)