赤尾彦作関係資料
【解説】明治から昭和期にかけての横浜の政治家、赤尾彦作(1867~ 1953)の関係資料。1893(明治26)年市内に弁護士を開業、1902~1942(昭和17)横浜市会議員、この間1917(大正6)~1920年衆議院議員(立憲政友会)を務めた。市内政友派勢力の指導的人物で、民政派の三宅磐と共に大正末から昭和戦前期にかけて横浜の「協調市政」時代を作った。戦後は監査委員を務め、大正から昭和戦後期にかけて横浜市政に関わった長老政治家である。資料は、書簡、辞令、褒賞、新聞雑誌など。書簡の一部は翻刻されている(備考参照)。
【原蔵者】赤尾亀代
【総数】 171点
【年代】明治末~昭和期
【閲覧】複製本(Ca5-09.3)
【検索】「赤尾彦作関係資料」(『紀要』18)
【備考】大西比呂志・曽根妙子「赤尾彦作略歴/赤尾彦作宛書簡集-昭和編/同目録」(『市史研究よこはま』5号、1991年)、荒敬監修「赤尾亀代氏談話録」(『市史研究よこはま』5・6号、1991~1992年)、吉良芳恵「赤尾彦作宛書簡集-大正編」 (『紀要』9)、大西比呂志『横浜市政史の研究』(有隣堂、2004年)
足立洋家資料(寄贈)
【解説】都筑郡川島村(現保土ヶ谷区)の旧家足立家の文書。明治末の火災のため、資料は殆どが大正・昭和戦前期に属する私文書である。文書記録77点のほか、昭和天皇・皇后写真及び冷蔵庫(非公開)がある。
【寄贈者】足立洋
【総数】79点
【年代】明治期~昭和期
【閲覧】原資料
【検索】「足立洋家資料目録」
新井宏家文書(寄託)
【解説】江戸時代に久良岐郡根岸村(現中区)旗本小浜氏領の名主、明治初年に同村の戸長を務めた新井家の文書記録類。江戸時代の村方文書、明治初年に作成された戸長役場関係文書を含んでいる。また、明治後期の新井家の経営帳簿と江戸時代後期から昭和30年代に新井家が集めた和本・刊本がある。
【寄託者】新井宏
【総数】約730点
【年代】1688(元禄元)年~1962(昭和37)年
【閲覧】複製本(Ca5-04.2)、原資料(版本および追加資料のみ)
【検索】「新井宏家所蔵文書目録」 「新井宏家所蔵文書(版本)」
新井家文書
【解説】江戸時代に久良岐郡根岸村(現中区)名主を務めた新井家の文書記録類。根岸村は、元禄10(1697)年から幕府と複数の旗本の支配を受けたが、この内、同家は旗本菅谷家が支配する知行所の名主であった。同家文書には、江戸時代の土地台帳、年貢関係の文書が、多く含まれている。なお、前掲の新井宏家は、旗本小浜氏が支配する知行所の名主であり、同じ新井を名乗るが、別々の家である。
【原蔵者】神奈川県立公文書館
【総数】約750点
【年代】1675(延宝3)年~1912(大正元)年
【閲覧】複製本(Ca5-04.3)
【検索】「新井家文書目録」
新井家資料(寄託)
【解説】新井家は、16世紀初めに相州三浦郡新井城から武州久良岐郡根岸に移住した一族十七人の一人、太左衛門を先祖とする旧家。主な資料として、小学校の卒業証書・書状がよく揃っている。また、写真の中には、明治40年頃の和船と根岸海岸、小学校の卒業記念など貴重なものがある。
【寄託者】八巻千代子
【総数】133点、及び古写真
【年代】明治期~昭和期
【閲覧】原資料、一部複製
【検索】「新井家資料目録」
有賀初吉資料(寄贈)
【解説】いわゆる「ハマ菱」、横浜市章の考案者として知られる明治期の横浜市吏員(当時文書課長)有賀初吉の資料。横浜市などの任免・賞与辞令、褒賞、委嘱状など。
【寄贈者】有賀完爾
【総数】85点
【年代】1897(明治30)年~1931(昭和6)年
【閲覧】原資料
【検索】「有賀初吉資料目録」
有吉忠一関係資料(寄託)
【解説】第十代横浜市長有吉忠一(1873~1947)の関係資料。有吉は1896(明治29)入省後、内務官僚として千葉・宮崎・神奈川・兵庫の各県知事や、朝鮮総督府政務総監を務めた後、横浜市長に就任、震災後の復興事業に尽力した。このほか貴族院議員や、横浜商工会議所会頭も務めた。資料は、文書記録類、書簡、絵葉書、写真等。
【寄託者】有吉美知子
【総数】約1,200点
【年代】1877(明治10)年~1950(昭和25)年
【閲覧】複製本(文書51)
【検索】「有吉忠一関係資料目録」(『紀要』22)
【備考】「本市歴代市長等関係資料調査報告」(『紀要』8)、当館編・刊『波乱の半世紀』(1990年)、当館編『よこはま人物伝』(神奈川新聞社、1995年)、大西比呂志『横浜市政史の研究』(有隣堂、2004年)
安藤常世家文書
【解説】橘樹郡白幡村(現神奈川区)の名主家の文書。所蔵文書には、江戸期のものが多く、文禄3(1594)年に作成された検地帳を所蔵している。
【原蔵者】安藤常世
【総数】約40点
【年代】1594(文禄3)年~1874(明治7)年
【閲覧】複製本(Ca5-02.2)
【検索】「安藤常世家所蔵文書目録」(『横浜市史料所在目録 6』)
H・アーレンス関係資料(寄贈)
【解説】ドイツ系総合商社アーレンス商会を創業したハインリッヒ・アーレンス(Hinrich Ahrens)とヘルマン・アドルフ・アーレンス(Herman A. Ahrens)およびヘルマンの息子森新太郎に関する資料。アーレンス商会は1869年に築地に設立され、横浜支店の開設は1873年。資料は、家族写真、ヘルマン使用の聖書や小物入れ、新太郎使用の独英辞典、軍隊手帖などのほか、明治期から昭和期にかけての横浜及び日本各地の風景などの絵葉書約100枚が含まれる。
【寄贈者】森多朗・森利子
【総数】142点
【年代】1860年代~1980年代
【閲覧】原資料、ただし写真については複製プリント
【検索】H・アーレンス関係資料目録
【備考】「家族の肖像10:ドイツ系総合商社アーレンス商会の系譜」(『横濱』Vol.18、2007年10月)
飯田助知家文書
【解説】飯田家は元和年間に武州金沢から橘樹郡綱島(現港北区)に移住し、代々綱島村・北綱島村の名主を務めた。幕末期十代当主助太夫広配は、神奈川宿寄場組合・綱島寄場組合の大総代を務め、天然氷を横浜・横須賀などに供給し、横浜港内の屎尿処理を引き受けて、産業振興に力があった。十一代快三は農会の組織化に尽力し、鶴見川改修期成同盟会長を務めた。十二代助夫は大綱村長をへて、横浜市会議員、衆議院議員になっている。当該文書は近世村方文書とこの三代が残したものが主体である。これまで飯田助丸家文書として、神奈川県史編纂の過程で整理され、広く活用されてきたが、寛永21(1644)年の綱島村検地帳写や、近世の年貢勘定帳、幕末の金銭出納帳などを追加して当館で公開している。II行政資料の項も参照されたい。
【原蔵者】飯田助知氏(神奈川県立公文書館寄託)
【総数】3,107点(図書類は含まず)
【年代】1633(寛永10)年~1927(昭和2)年
【閲覧】複製本(文書3)
【検索】「飯田助知家文書目録」
【備考】海山編『広配翁略歴』(1915年)、品川貞一『飯田家三代の俤』(1941年)、斎藤康彦「南関東農村における豪農経営の展開と挫折」(『神奈川県史研究』40、1979年)、港北区郷土史編さん刊行委員会編・刊『港北区史』(1986年)、横浜近代史研究会・当館編『横浜近郊の近代史』(日本経済評論社、2002年)、大西比呂志『横浜市政史の研究』(有隣堂、2004年)
池谷健治家文書 (関口次郎右衛門家旧蔵文書)
【解説】橘樹郡生麦村(現鶴見区)の旧家関口次郎左衛門家の文書記録で、池谷健治氏が神奈川県に寄贈し、現在、神奈川県立公文書館が所蔵している。関口家は、江戸時代に生麦村名主を務め、江戸時代初頭からの名主家文書が体系的に残っている。当館が所蔵する関口詮家文書と関口日記を、あわせて活用することによって地域の歴史を具体的に再現することができる。
【原蔵者】神奈川県立公文書館
【総数】約1,600点
【年代】1625(寛永2)年~1880(明治13)年
【閲覧】複製本(Ca5-01.6)
【検索】「池谷健治氏所蔵文書目録」(『神奈川県史資料所在目録 31横浜市鶴見区』)
池谷光朗家文書
【解説】池谷家は橘樹郡綱島村・南綱島村(現港北区)の村役人を務め、維新後は戸長を務めた家である。明治初期には養豚を、同後期には桃の改良・栽培に尽力する篤農家でもあった。文書は寛政期~明治初期の御用留・年貢勘定帳などの近世文書、戸長役場文書があり、池谷家が心血を注いだ桃改良関係・綱島果樹園芸組合関係文書が充実している。II行政資料の項も参照されたい。
【原蔵者】池谷光朗
【総数】2,054点
【年代】1678(延宝6)年~1929(昭和4)年
【閲覧】複製本(Ca5-11.6)
【検索】「池谷光朗家所蔵文書目録」(『横浜市史料所在目録 11・12』)
【備考】横浜市勧業課編・刊『横浜における桃の生産並販売状況』(1930年)、港北区郷土史編さん刊行委員会編・刊『港北区史』(1986年)、百瀬敏夫「桃産地形成と園芸組合」(横浜近代史研究会・当館編『横浜近郊の近代史』、日本経済評論社、2002年)
伊沢多喜男文書
【解説】伊沢多喜男(1869~1949)は、長野県上伊那郡高遠町に生まれ、和歌山県・愛媛県等の各知事、警視総監、台湾総督などを経て東京市長となるが、程なく辞任、以後は貴族院を中心に活動した。横浜との関わりも深く、中村房次郎とともに、久保田政周・渡辺勝三郎・有吉忠一・青木周三・半井清ら大物内務官僚の市長就任に尽力した。文書は書簡約1,100通・書類約270通などから成る。書簡には民政党系政治家のほか、財界人、台湾関係者、長野県関係者からの来翰や、伊沢の発翰(草稿・写)、第三者間書簡などが存在する。また書類は台湾関係、貴族院議員・枢密院顧問官時代の意見書・談話・報告書・日記などがある。同資料は1996年に発足した伊沢多喜男文書研究会が整理し、2004年より国立国会図書館憲政資料室で公開されている。当館では旧蔵者の藤浪みや子氏のご厚意により、複製本で閲覧に供している。
【原蔵者】国立国会図書館憲政資料室
【総数】約1,370点
【年代】1875(明治8)年~1990(平成2)年
【閲覧】複製本(文書10)
【検索】「伊沢多喜男家文書目録」
【備考】伊沢多喜男文書研究会編『伊沢多喜男関係文書』(芙蓉書房出版、2000年)、同会編『伊沢多喜男と近代日本』(芙蓉書房出版、2003年)
石井大助家文書(寄託)
【解説】石井家は、江戸時代に久良岐郡磯子村(現磯子区)の村役人、明治初年に第二大区四小区の戸長を務めた旧家である。そのため、同家には、江戸時代から明治時代を中心に、当該地域の歴史を明らかにできる多種多様な史料が残された。
【寄託者】石井大助
【総数】137点
【年代】1655(明暦元)年~1925(大正14)年
【閲覧】原資料
【検索】「石井大助家文書目録」
石井玉野氏寄贈モーガン関係資料
【解説】昭和戦前期に横浜で活躍したアメリカ人建築家モーガン(J.H.Morgan,1868-1937)関係資料。アメリカのフラー建築株式会社(G. A. Fuller Co.)の建築技師として来日し、東京の丸の内ビルディングなどの建設に携わったのち、1922(大正11)年に独立して建築事務所を構えた。1926(大正15)年からは横浜に事務所を移し、住宅や学校、教会、オフィスなど様々な建築を手がけた。資料は、名刺、パスポートなどのほか、1930年頃に撮影された根岸競馬場馬見所の竣工写真帖が含まれる。なお、本資料の他に、旧ラフィン邸(現・山手111番館)、ホテル・ニューグランド、アメリカ領事館などの設計原図約2000枚(大須賀常明・常良氏寄贈)が閲覧室で複製公開されている。
【寄贈者】石井玉野
【総数】19点(複製1冊)
【年代】1917(大正6)年~1932(昭和7)年
【閲覧】複製(文書147)
【検索】「石井玉野氏寄贈モーガン関係資料目録」
【備考】「建築家J. H.モーガンの世界」(『開港150周年記念 横浜建築家列伝』横浜都市発展記念館 2009年)
石川伊之助家文書
【解説】江戸時代に鎌倉郡田谷村(現栄区)の名主を務めた石川家に伝存した文書記録類。江戸時代中期から明治初年の文書を多く含んでいる。江戸時代の戸籍である宗門人別帳や年貢関係の台帳、助郷関係の文書、旗本役所や幕府代官所からの通達など、地域の歴史を知るために必要な多種多様な文書がある。なお、伊之助氏は先代の当主である。
【原蔵者】石川幾太郎
【総数】約940点
【年代】1753(宝暦3)年~1912(明治45)年
【閲覧】複製本(Ca5-13.2)
【検索】「石川伊之助家所蔵文書」(『横浜市史料所在目録 8』)
石橋サク子家資料(寄託)〔2011.4.5公開〕
【解説】石橋家文書は、石橋家の先祖である石橋六之助関係資料を中心としている。六之助は、明治初年から中期にかけて、横浜市街地での消防に尽力した人物で、特に蒸気ポンプを使った消防の普及に功績があり、明治初年に居留地消防隊に参加し技術を学ぶとともに、明治四年には日本人居住区での火災発生に対応するために神奈川県が設置した消防隊でも中心的な役割を果たした。
【寄託者】石橋サク子
【総数】66点
【年代】1876(明治9)年~1966(昭和41)年
【閲覧】原資料
【検索】「石橋サク子家資料目録」
市原盛宏関係資料
【解説】第四代横浜市長市原盛宏(1858~1915)の関係資料。市原は、アメリカのエール大学を卒業し、同志社政法学校教授から日本銀行に転じ、第一銀行横浜支店長をへて、原富太郎らに推されて横浜市長に就任した。日本銀行、第一銀行等の辞令、海外旅券、追悼誌『故市原盛宏記念』、副島種臣の詩など。
【原蔵者】市原和恵
【総数】辞令21点、他5点
【年代】明治期
【閲覧】複製本(文書48)
【検索】「市原盛宏関係資料目録」
【備考】「本市歴代市長等関係資料調査報告」(『紀要』8)、当館編・刊『波乱の半世紀』(1990年)
伊東亨家文書(寄贈)
【解説】伊東家は、江戸時代から戸塚宿で医者を生業としていた旧家で、明治時代以降も歴代当主が医院を開業している。同家に残された資料は、伊東家の人々が読んだ和本や雑誌、幕末から大正期に作成された古文書などで、なかには大正期の市域の様子を撮影した写真を掲載した刊行物もある。
【寄託者】伊東亨
【総数】211点
【年代】1807(文化4)年~1943(昭和18)年
【閲覧】原資料
【検索】「伊東亨家文書目録」
井上安正家写真帳
【解説】常盤町の商店若松屋の写真アルバム。
【原蔵者】井上安正
【総数】1冊(複製本冊数)
【年代】昭和期
【閲覧】複製本(文書68)
【検索】「井上安正家写真帳」
猪熊浩平家資料(寄託)〔2011.4.5公開〕
【解説】猪熊家は、東海道戸塚宿で江戸時代から宿屋を営んだと伝えられる旧家で、18世紀後半からの古文書が伝来する。宿屋の経営に関する文書は少ないが、地域の記録として貴重である。
【寄託者】猪熊浩平
【総数】110点
【年代】1785(天明5)年~1968(昭和43)年
【閲覧】原資料
【検索】「猪熊浩平家文書目録」
岩崎金太郎旧蔵建築資料〔2016.12.1公開〕
【解説】関東大震災からの復興事業で横浜市建築課が設計した公共建築の設計図面。いずれも青焼図面で、小学校、市営住宅、横浜商工奨励館などからなる。横浜商工奨励館(1929年竣工)の建設工事を請け負った岩崎金太郎の手元に残されていたもの。
【原蔵者】横浜都市発展記念館
【総数】220点
【年代】1924(大正13)年~1929(昭和4)年
【閲覧】複製本(文書132)
【検索】「横浜都市発展記念館所蔵 岩崎金太郎旧蔵建築図面 資料目録」
【備考】青木祐介「岩崎金太郎旧蔵建築図面」(『横浜都市発展記念館紀要』第2号、2006年)
岩崎義行家文書(寄贈)
【解説】製茶及諸産物売込商岡野屋利兵衛の「雑要書」。内容は、岡野家の履歴(利兵衛子息兄弟姉妹記)、家業に関する摘録(製茶品評会記、地券の写)、書簡控、人名録、辞典などの手控。
【寄贈者】岩崎義行
【総数】1点
【年代】明治10~20年代
【閲覧】原資料
【検索】「岩崎義行家文書目録」
宇田川家文書
【解説】横浜市史編集室旧蔵の史料。この内、「地券摘要」は横浜市街地の地租改正の実施経過を知るための一級史料である。
【総数】2点
【年代】明治初年
【閲覧】原資料
【検索】「宇田川家文書目録」
【備考】「市街地における地租改正」(横浜市編・刊『横浜市史』第3巻下、1963年)
内田憲一家文書(寄贈)〔2016.4.30公開〕
【解説】内田家は長沼村(鎌倉郡長沼村、現在の横浜市栄区長沼町、明治9年時点で戸数36戸、人口199人)の名主を代々務めた家である。全6点の資料は、享保年間の仕置帳、村入用帳、明治初年の村絵図、明治10年代の道路敷設熱を物語る資料(2点)、明治末年の柏尾川耕地整理の確定図である。
【寄託者】内田憲一
【総数】6点
【年代】享保9(1742)年~明治43(1910)年
【閲覧】原資料
【検索】「内田憲一家文書目録」
【備考】『栄の歴史』(栄の歴史編修委員会編、2013年)
内田泰三家文書(寄贈)
【解説】内田家は戸塚宿本陣を務めた家である。現存する文書は、先代で昭和初期に二度戸塚町長を務めた隆三氏の「雑記控」(演説草稿集)、日記(1934年・1940年)の3点のみであるが、工業地区として変化する戸塚の動向を知らせる貴重な情報が含まれている。
【寄贈者】内田泰三
【総数】3点
【年代】1926(大正15)年~1940(昭和15)年
【閲覧】複製本(文書21)
【検索】「内田泰三家文書目録」
梅田義信関係資料
【解説】第三代横浜市長梅田義信(1848~1902)の関係資料。市長時代の名刺、家系。
【原蔵者】梅田信行
【総数】2点
【年代】弘化4(18479年、明治期
【閲覧】複製本(文書47)
【検索】「梅田義信関係資料目録」
【備考】「本市歴代市長等関係資料調査報告」(『紀要』8)、当館編・刊『波乱の半世紀』(1990年)
遠藤於菟旧蔵建築資料〔2016.12.1公開〕
【解説】鉄筋コンクリート建築の先駆者として知られる建築家遠藤於菟(1866~1943)の旧蔵資料。遠藤は帝国大学工科大学造家学科(現・東京大学工学部建築学科)を卒業後、横浜正金銀行本店本館(1905年竣工)の現場監督などを経験したのち独立し、三井物産横浜支店(1911年竣工)や横浜生糸検査所(1926年竣工)などの設計を手がける。本資料は、工事写真を収めた建築写真帖、建築関係の図書・雑誌、三井物産横浜支店・同名古屋支店・明治大学の建設関係資料、その他の建築図面からなる。なお、図書・雑誌(全24点)については複製本に含まれていないため、閲覧を希望する場合は横浜都市発展記念館まで連絡されたい。
【原蔵者】横浜都市発展記念館
【総数】237点
【年代】1895(明治28)年~1942(昭和17)年
【閲覧】複製本(文書109)
【検索】「横浜都市発展記念館所蔵 遠藤於菟旧蔵建築資料 資料目録」
【備考】青木祐介「遠藤於菟旧蔵建築資料目録」(『横浜都市発展記念館紀要』第1号、2005年)
大湖太一氏管理文書(寄贈)
【解説】磯子区岡村の区有文書が主体であり、農業委員会が管理していたものを大湖氏の代に横浜市に寄贈されたものである。岡村戸長役場関係、岡村天満宮関係などが注目される。II行政資料の項も参照されたい。
【寄贈者】大湖太一
【総数】157点
【年代】1873(明治6)年~1954(昭和29)年
【閲覧】原資料
【検索】「大湖太一氏管理文書目録」
太田佐兵衛家文書
【解説】神奈川で呉服店茅木屋を営んだ太田佐兵衛の資料。屋敷や所有地所に関わる図面等土地関係の資料が豊富なほか、賃金・奉公人等に関する若干の資料を含む。また「大正拾弐年関東震災残焼」と墨書された包紙に、娘婿銀次郎のスイス商人リンドウとの蚕卵紙取引に関する一件書類を含んでいる。
【総数】140点
【年代】幕末~昭和初期
【閲覧】原資料
【検索】「太田佐兵衛家旧蔵文書目録」(『横浜市史料所在目録 12』)
【備考】当館編『よこはま人物伝』(神奈川新聞社、1995)
大津一男氏旧蔵文書(寄贈)
【解説】大津一男家は下永谷村旧家の分家にあたる。大津一男家に伝来した資料の他、永谷村百姓の福本家から引き継いだ資料も含まれている。相模国下永谷村の名寄帳、田畑山林取調の帳簿類からは幕末・明治期における村落構造の変化をたどることができる。また、福本家に伝来した永谷学校(永野学校)関係資料や教科書類も含まれており、明治期の村落における学校教育の在り様を知ることができる。
【寄贈者】大津勝子
【総数】170点
【年代】元文元(1736)年~昭和19(1944)年
【閲覧】原資料
【検索】「大津一男氏旧蔵文書目録」
大塚十一氏旧蔵文書(寄贈)
【解説】中区元町で家具商丸楠商会を経営していた大塚十一氏の収集品の一部。島崎梅五郎(岩見浜田藩主松平周防守康爵の家臣)とその子息とおぼしき相致(陸軍軍曹・神奈川県足柄上郡松田警察署警官)の日記、自由民権運動家で板垣退助の側近である栗原亮一の関係資料などのほか、久良岐郡滝頭村(現磯子区)・保土ヶ谷宿寄場の地方文書、主要な横浜商人を列記した「若尾_子葬式一件」などがある。
【寄贈者】大塚十三
【総数】85点
【年代】1617(元和3)年~1943(昭和18)年
【閲覧】原資料
【検索】「大塚十一氏旧蔵文書目録」(『横浜市史料所在目録 12』)
小笠原家文書(寄託)
【解説】江戸時代後期に長崎奉行所与力を務めた小笠原貢蔵とその養子で浦賀奉行所与力や神奈川奉行所調役を歴任した小笠原甫三郎の記録を中心にした文書記録類。蛮社の獄の関係文書、黒船来航時の記録、幕臣たちの書簡や日記など、幕末の外交・政治・海防などを知るための貴重な記録を多く含んでいる。なお、原蔵者の酒川玲子氏は、小笠原家の直系のご子孫である。
【寄託者】酒川玲子
【総数】約1,000点
【年代】1653(承応2)年~1916(大正5)年
【閲覧】複製本(文書2)
【検索】「小笠原家文書目録稿」(『紀要』10) 「酒川玲子氏所蔵、小笠原家文書目録稿」
【備考】石崎康子「小笠原家文書にみる神奈川奉行所関係文書」(『紀要』12・13)、同「小笠原家文書にみる浦賀奉行所関係文書」(『紀要』14・15・17』)
小口恵子家文書
【解説】戦前から戦後にかけて、長野県の蚕糸業史研究に従事し、蚕都岡谷の中心をしめる平野村の『平野村誌』を執筆した小口珍彦が残した資料。「平野村誌 編纂部」の名が記された筆写史料で1冊ごとにタイトルが付けられている。
【原蔵者】小口恵子
【総数】37点
【年代】昭和期
【閲覧】複製本(Ca6-20.1)
【検索】「小口恵子家所蔵文書目録」(『横浜関係史料所在目録 2』)
【備考】長野県諏訪郡平野村編・刊『平野村誌』(1932年)
小野忠秋家文書 (一部寄託)
【解説】幕末から明治初年にかけて、横浜町の町名主や副市長を歴任した小野兵助と、その長男で生糸貿易商や横浜正金銀行取締役支配人として活躍した小野光景らの文書記録類。小野家は信濃国上伊那郡小野村(現長野県辰野町)の旧家であったが、兵助が横浜に移住したことから活動の拠点を横浜に移した。多数の横浜関係文書のほか、光景の義弟で横浜財界を代表する来栖壮兵衛と、その子で太平洋戦争勃発時に日米交渉をおこなった外交官来栖三郎の書簡なども含んでいる。
【原蔵者・寄託者】小野忠秋
【総数】約1,000点
【年代】1705(宝永2)年~1957(昭和32)年
【閲覧】複製本(Ca6-20.7)、原資料(寄託資料)
【検索】「小野忠秋家所蔵文書目録」
【備考】当館編・刊『横浜町会所日記』(1991年)、当館編『横浜商人とその時代』(有隣堂,1994年)
小野友五郎資料(寄贈)
【解説】長崎海軍伝習第一期生、海軍操練所教授、幕府軍艦咸臨丸艦長などを務めた小野(1817~1897)の資料。先祖書(自歴譜)、肖像写真(複製)など。
【寄贈者】田所晴江
【総数】5点
【閲覧】原資料
【検索】「小野友五郎資料目録」
【備考】当館編・刊『咸臨丸太平洋を渡る』(2000年)
小原保道氏旧蔵横浜映画資料(寄贈)
【解説】1917(大正6)年東京遊学中の小原保道氏(1894~1978)が残した、横浜の映画館のプログラム・チラシ類。オデヲン座・横浜館・喜音満座・横浜電気館・喜楽座・横浜角力常設館などのものがある。
【寄贈者】佐藤泰平
【総数】32点
【年代】1917(大正6)年
【閲覧】複製本(文書96)
【検索】「小原保道氏旧蔵横浜映画資料目録」
恩田村名主家文書
【解説】都筑郡恩田村(現青葉区)の名主文書。文禄3(1594)年、寛文元(1661)年、延宝2(1674)年、元禄10(1697)・13年の検地帳、天保14(1843)年の名寄附廻帳など。
【総数】18点
【年代】1594(文禄3)年~1877(明治10)年
【閲覧】原資料
【検索】「恩田村名主家文書目録」


